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孫子

第4 形篇

 昔から優秀な弁護士は,まずは依頼人から話を聞くにとどめ,事態が動いて相手方が反論できない態勢になるのを待った。依頼人から話を聞くことは当方の問題であるが,相手方が反論できない態勢になるのは相手方の状況次第である。ゆえに,優秀な弁護士であっても,自分たちが行うべき主張については準備できるが,相手方がこれに反論できない状態にさせることはできない。ゆえに,論争の勝敗は予測できても,必ず依頼人を勝たせるということはない。依頼人からよく話を聞くことは,相手方の主張に対し準備をすることである。相手方がこれに反論できる,できないは,当方が権利主張した場合の状況である。相手方の主張に備えるのは,相手方がしてくる主張が分からず,相手方の主張に対して反論できるだけの事実や証拠が足りないからである。相手方に権利主張をするのは,こうして事実整理や証拠収集を十分にした後である。反論のたくみな弁護士は,九地の下に潜み静かで,主張のたくみな弁護士は九天の上で動き立証する。不用意に情報を与えないようにして,相手方に反論のポイントをしぼらせず,適確に事実を指摘して当方の主張に理があることを説得するのである。

 誰の目にも明らかな裁判の勝敗を判断できても,優秀な弁護士とはいえない。裁判で勝って誇るのは,真に優秀な弁護士とはいえない。細い毛を持ち上げても腕力があるとは言えず,太陽や月が見える者を目が良いとは言えないというのと同じである。雷鳴が聞こえると言っても耳が良いことにはならない。昔から争訟に長けた弁護士は,勝訴しやすい案件で勝っている。ゆえに,優秀な弁護士が勝訴するありさまは,そこに何の工夫もなく,しつこさも労力もない。このような弁護士が,裁判すれば必ず勝つというのは,すでに敗訴している者に勝っているからである。優秀な弁護士は,相手方の主張に対する反論を完璧に準備し,相手方が反論できない状況であることを確認して訴えを提起する。すなわち,勝訴判決を得る者は,十分に準備してから裁判に臨み,敗訴判決を受ける者は,まず裁判を起こしてから主張の準備をする。

 優秀な弁護士は,依頼人の話をよく聞き,さらに,適切な法的主張をする。だから,勝敗を決することができる。

 裁判は,一に証拠,二に事実,三に主張,四に比較,五で勝訴する。まずは,どのような証拠があるかを確認する。証拠が明らかになると,立証できる事実が明らかになる。立証できる事実が明らかになれば,主張できる法律構成が明らかになる。主張できる法律構成が明らかになると,依頼人と相手方とでどちらが有利か比較できる。依頼人と相手方とでどちらが有利か比較できると,勝訴できるか判断できる。勝訴する者は,重い物で軽い物と重さくらべをするように勝訴し,敗訴する者は,軽い物で重い物と重さくらべをするように敗訴する。

 勝訴する者が関係者の協力を得て裁判に乗り出す様は,ちょうど満々と湛えられた水を千尋の谷に流し込むようなもので,これを「形」という。

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