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孫子

第3 謀攻篇

 およそ権利の実現にあたっては,相手と争わないで財産を譲り受けるのが上策で,相手と交渉して財産を譲り受けるのはこれに劣る。相手の主張に反論しないで財産を譲り受けるのが上策で,相手方の主張に反論して財産を譲り受けるのはこれに劣る。相手方の関係者が介入してきたときは,これと争わずに財産を譲り受けるのが上策で,この者を排除して財産を譲り受けるのはこれに劣る。相手の弁護士と話合いをして財産を譲り受けるのが上策で,相手の弁護士と争って財産を譲り受けるのはこれに劣る。つまり,相手方と100回戦って100回勝つことは善の善とはいえない。相手方と戦わずして財産を譲り受けるのが善の善というものである。

 優秀な弁護士は,相手方が不正をしようとしているときは,その不正を実行に移させる前に解決する。その次は,関係者を味方に取り込む。その次は,依頼人がするべき主張の証拠を集めて相手方に提示する。その次が裁判である。裁判は,ほかに方法がなく,やむを得ず行うものである。訴え提起には,主張整理や証拠集めで,その準備に3ヵ月がかかる。そしてどんなに迅速な裁判でも,訴え提起から判決確定まで,最低でも半年は見た方が良い。何か月も裁判で争って,判決を得ることができないというのは,裁判禍というべきである。ゆえに,優秀な弁護士は,成果をあげるとしても,それは相手方と争ってあげるのではない。裁判で成果をあげるといっても,判決を得たものではない。勝訴判決を得るといっても,長引かせない。相手方を傷つけずに当方の請求を全うする方法で争訟に出るのであって,依頼人や協力者は疲れず,その利益が最大となる。これが謀をもって攻めるということである。

 優秀な弁護士は,証拠上圧倒的に有利なときは,相手方に要求だけを行い,優勢なときは依頼人の主張を相手方に伝え,相手方にも主張がありそうなときはこれに耳を傾け,優劣つけ難いときは相手方とよく話し合い,不利なときは必要以上に争わず,勝ち目がないときは相手方の主張を認める。証拠がそろってないのに,証拠を持っている相手方と戦おうとするのは,相手方の言うがままになってしまい,危険である。

 弁護士は,依頼人の助けとなる者である。弁護士とのコミュニケーションをしっかりしていれば,依頼人は必ず安心する。しかし,弁護士とのコミュニケーションが図れないでは,依頼人は必ず不安になる。そこで,弁護士に依頼するにあたり憂うべきことが3点ある。依頼人が,主張するべきでない事実を主張せよと命じ,証拠を出すべきなのに証拠を出すなと命じること。これを弁護士を支配するという。また,争訟のやり方もしらないのに,弁護士と一緒に交渉しようとすると,当方の主張に綻びが出る。法的手続の使い方も分からないのに依頼人自身で法的手続をとろうとすると,当方の主張が疑われることになる。主張に綻びがあって疑われては,相手方がここぞとばかりに畳みかけてくる。これを争訟を乱して勝を引くという。

勝訴敗訴を知るに5つの視点がある。争訟に出るべき時期と出るべきでない時期とを知っている弁護士は勝つ。証拠の量で戦い方を変えることを知っている弁護士は勝つ。依頼人とのコミュニケーションをうまくできる弁護士は勝つ。事実関係をよく整理して事実関係が整理できていない相手方に争訟を挑む弁護士は勝つ。弁護士が優秀で依頼人が口出ししないときは勝つ。この5つの視点が重要である。相手方の主張を知って依頼人の主張をよく聞いた弁護士は100回争訟して負けることがない。依頼人の主張ばかりで相手方の主張に耳を傾けない弁護士は,勝つこともあれば負けることもある。依頼人の主張も聞かないで,相手方の主張にも耳を傾けないというのは,争訟に出るたびに危うくなる。

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