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孫子

第13 用間篇

 およそ弁護団を組んで大組織で争訟することになれば,弁護士費用だけでも100万円を費やすことになり,交友関係の内外で大騒ぎとなり,仕事にも励めなくなる。そして数年間も裁判をしたうえで,一日の判決を争うのである。それにもかかわらず,裁判にかかる経費を惜しんで,相手方の状況を調べようとしないのは,愚の骨頂である。訴訟を追行する弁護士とはいえず,依頼人の代理人ともいえず,勝利の弁士ともいえない。だから,聡明な依頼人やすぐれた弁護士が争訟に出て相手方を論破し,人並外れた成功を収めることができるのは,あらかじめ相手方の状況を知ればこそである。あらかじめ相手方の状況を知るには,直感でもなく,経験でもなく,推測でもなく,必ず人を使って証拠収集するべきである。

 証拠収集のやり方には,5通りがある。郷,内,反,死,生である。「郷」というのは,相手方の窓口を通さずに証拠収集するのである。「内」というのは,相手方の窓口を通して証拠収集するのである。「反」というのは,相手方の関係者を味方に取り込むのである。「死」というのは,囮の証拠を開示して相手方に手持証拠を提供させるのである。「生」というのは,相手方に接触しないで証拠収集をするのである。

 訴訟では,重要性では証拠がもっとも高く,論証では証拠の解説がもっとも厚く,事前準備では証拠の取扱いがもっとも秘密を要する。聡明な思慮深さがなければ証拠を収集することができず,仁慈と正義がなければ証拠を提供してもらえず,はかりがたい微妙な検討がなければ証拠から真実を把握することができない。微妙微妙。どのような場面でも証拠は求められる。そして,隠し持っていた証拠の情報が,証拠を提出する前に相手方から開示されたら,当方はその証拠を破棄することになる。

 反論したいと思う主張や,返してもらいたい物品や,嘘をついていると思う証人については,かならずこれをめぐる人間関係を把握し,関係者がどのような人か,普段からどのような発言をしているか,相手方本人との関係はどうか,当方に協力してくれるかどうか等を調べさせる。

 相手方の関係者が接触してきたら,必ず礼儀正しく接して,当方の味方に引き入れる。そこで,「反」として用いることができる。この「反」によって相手方の状況が分かるので,「郷」として相手方の窓口を通さない証拠収集ができるようになるし,「内」として相手方の窓口を通じて証拠収集しても円滑に進む。この「反」によって相手方の状況が分かるので,「死」としてこちらは囮の証拠開示をし,相手方の出方を見てその手持証拠の検討をつけることもできる。また,どのようなことをすれば相手方と接触してしまうかも分かるので,「生」として相手方に接触しないで証拠収集することもできる。このように「反」(相手方の関係者)の協力があってこそ,様々な形で証拠収集を展開することができる。そこで,相手方の関係者については,必ず礼儀正しく接するべきである。

 昔の優秀な弁護士は,必ず事前に相手方と接触したものである(そして有力な証拠を入手する。)。聡明な依頼人やすぐれた弁護士は,巧みに相手方の状況を調査して,偉大な成果をなしとげる。この証拠収集の在り方こそ争訟の要であり,全主張はこれを拠りどころとするのである。

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