1
事実関係には,誰の目にも明瞭なものがあり(通じひらけたもの),立証が困難なものがあり(障害があるもの),どのようにも解釈できるものがあり(曖昧なもの),他の事実と関連しそうにないものがあり(独立したもの),立証には多くの証拠を要するものがあり(けわしいもの),複雑なものがある(遠いもの)。当方からも相手方からも容易に立証できるものが,通じ開けたものである。このような事実関係は,当方の要件事実にすると有利である(相手方は自白するだろう。)。主張は簡単であるが立証が難しいのが,障害があるものである。このような事実関係は,相手方が準備していないものであれば(相手方は不知として積極的に争わないであろうから)主張して良いが,もし相手方が証拠をもって争ってきた場合は,主張しても立証できず,(相手方の主張を固めることになるので)撤回もできなくなるので不利である。当方が要件事実としても相手方が要件事実としても不利なのが,曖昧なものである。曖昧な事実は,相手方がこれを当方の抗弁となるように主張を組み立てていても,これを主張してはならない(反論が容易だからである。)。むしろ,主張を留保して,相手方に釈明を求め,半分ほど主張させてから反論するのが有利である。他の事実と関連しそうにないものは,当方がこれを把握したならば,必ずこれを要件事実として立証し,相手方の認否を待つべきである。もしも相手方がこれを要件事実としていたならば,これを立証していれば反証してはならず,立証不十分とみれば反証して良い(このような事実は,間接事実を用いての論争になりにくい。)。けわしい事実関係は,こちらが先に主張立証を尽くして,必ず確実な事実を拠りどころとして,相手方の反論を待つべきである。もし相手方が先に主張立証に成功していれば,反論を放棄してその論点から遠ざかり,反証しようとしてはならない(反証にも多大な証拠が必要となるからである。)。複雑な事実関係については,当方と相手方の証拠関係が同等のときは(事実関係の把握が困難で,裁判官の心証を動揺させやすいため)立証が難しく,これを要件事実とすれば不利である。
2
主張態度には,不能なものがあり,相手方に援用されるものがあり,立証失敗があり,行き詰るものがあり,説得力がないものがあり,相手方の立証を固めてしまうものがある。これらは,依頼人が悪いのではなく,弁護士の過失によるものである。そもそも,相手方が十分な証拠をもって立証している事実に反証しようとするのが不能である。証拠が多くて整理ができていないのに,これを提出してしまうと,相手方に事実や証拠を援用されてしまう。逆に証拠の整理はできているが証拠が足りないのでは,当方の立証は失敗する。弁護士が依頼人の言い分を主張せず,怒りに任せて相手方に反論し,弁護士は相手方の主張内容もよく理解できていないというのでは,その主張は行き詰る。弁護士が軟弱で厳しさがなく,適用法令もはっきりしないで,何が主張したいのかはっきりせず,主張が一貫しないのでは,説得力がない。弁護士が相手方の主張を分析せず,わずかな証拠で証拠十分な相手方の主張事実の反証をしようとし,説得力の弱い主張で説得力の強い主張に反論し,その主張の根幹にも説得力もないというのでは,相手方の立証を固めてしまう。すべてこれら6つのことは,敗訴する場合の道理である。弁護士のもっとも重大な責務として,十分に考えなければならないことである。
3
事実関係は,主張を基礎づけるものである。相手方が何を主張しようとしているかはかり考えて勝算をたて,事実関係が複雑か単純か,証拠が多く必要か少なくて足りるかを検討するのが,弁護士の仕事である。こういうことをわきまえて争訟に出る弁護士は必ず勝つが,こういうことをわきまえないで争訟する弁護士は必ず負ける。そこで,裁判の道理としてこちらに十分の勝ち目があるときは,依頼人が争ってはいけないといっても,無理に押し切って裁判に出るのがよろしく,裁判の道理として勝てないときは,依頼人が訴えを提起せよといっても,訴えを提起しないのがよろしい。だから,功名を求めないで裁判に出て,懲戒請求をおそれないで和解し,ひたすら法令と事実関係を適切に把握し,依頼人の利益に合うという弁護士は,絶対に大切にしなければならない。
4
弁護士を赤ん坊のように見ていたわっていくと,それによって弁護士は深い谷底にも行ってくれるようになる。弁護士をかわいいわが子のように見ていくと,それによって弁護士は生死をかけて戦うようになる。しかし,手厚くするだけで依頼をせず,かわいがるばかりで事件処理の希望を指示することもできず,弁護士が自分勝手に主張してでたらめをしていてもそれを止めることもできないのでは,たとえてみればおごり高ぶった子供のようなもので,ものの役には立たない。
5
当方が勝訴できるだけの事実関係を把握していても,相手方に反証の準備があって裁判をしてはならない状況もあることを知らなければ,必ず勝つとは限らない。相手方に反対証拠がなくて裁判できる状況にあることは分かっていても,当方が把握している事実関係では訴えを提起するには十分でないことが分かっていなければ,必ず勝つとは限らない。相手方に十分な証拠がなく,当方が十分に事実関係を把握していることが分かっていても,その事実関係の立証の難易を把握できないでいては,必ず勝つとは限らない。だから争訟に通じた人は,相手方の証拠関係も当方の事実関係もその立証の難易もよく分かったうえで行動を起こすから,争訟に出ても迷いがなく,裁判しても苦しむことがない。だから,「相手方の持っている証拠を知り,当方が十分に事実関係を把握していれば,そこで勝訴にゆるぎがなく,その立証の難易を知って訴えを提起するタイミングも知っていれば,そこでいつでも勝訴できる。」といわれるのである。