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孫子

第9 行軍篇

 およそ相手方と争訟するに際し,相手方を見るには,大組織を相手にする場合は証拠集めの際は隠密に行い,証拠が固い事実を要件事実とするようにし,十分な証拠を得ていない事実を主張するべきではない。大組織は,きっと十分な証拠を手元に残しているからである。これが大組織と事実を争う場合のやり方である。複雑な事実関係については,これを主張し尽したら速やかに別の論点に移し,その複雑な事実関係でいつまでも論争しない。相手方が複雑な事実関係を主張してきたときは,その主張の最中に反論をするべきではなく,一通りの主張をさせてから反論するのが有利である。反論するときは,こちらが複雑な事実関係を主張する形式にしてはならない。証拠が固い事実を主張のよりどころとするべきで,こちらが把握している事実が断片的ならば,多くの事実を整理して主張してきている相手方に反論してはならない。これが複雑な事実関係について争う場合のやり方である。「過失」や「善管注意義務違反」などの曖昧模糊とした事実が争われる場合は,これを要件事実とするべきではない。曖昧模糊とした事実を要件事実とするときは,必ず証拠と証人がいる確実な事実を拠りどころとするべきである。これが曖昧模糊とした事実を争う場合のやり方である。分かりやすい事実は,確実に証拠を押さえておき,官公庁や大企業が発する信用性が高い証拠をよく確認するべきである。およそこうした4種類の争い方に精通すればこそ,困難な訴訟も勝訴とし得るのである。

 およそ要件事実を設定するに際しては,証拠があるのを良しとして,証拠がない事実を嫌い,分かり易い事実を貴んで,複雑な事実は避け,証拠の内容を注意深く吟味して,周辺的な事実関係も押さえておく。これを必勝の訴といい,裁判が中途で維持できなくなることもない。証拠がいたるところにあるような事実関係の場合は,分かり易い事実を要件事実とし,証拠が入手しやすい事実を拠りどころとする。これが争訟の際に有利になることで,立証を容易にする。

 複雑な事実関係について重要な第三者がいるときは,その第三者の証言内容によって次から次へと新しい事実が出てくるから,その第三者の話をよく聞いて,新しい事実がこれ以上でないことを見越してから,これを主張するようにせよ。

 およそ事実関係には,何が真相であるか分かりにくいもの,不測の事実が潜んでいるもの,他の事実関係と矛盾しやすいもの,揚げ足をとられやすいもの,反対証拠があるもの,どこに証拠があるか分からないものがある。これらの事実関係を主張することがないようにせよ。当方はこれを要件事実とせず,相手方の抗弁事実になるように仕向け,当方はこれを否認し,相手方にはそれが要証事実になるように仕向けよ。

 事実関係を調査していると,次から次へと関連証拠が出てくる場合がある。このようなときは,必ず慎重に繰り返し調査せよ。ここには反対証拠がある可能性がある。

 訴えを提起して和解の提案をしないのは,立証に自信があるのである。証拠関係が不十分なのに相手方の主張が激烈なのは,当方の反論(情報開示)を望んでいるのである。確実な証拠を持っているはずなのにこれを提出しないのは,当方の虚偽供述を誘っているのである。主張と同時に多くの証拠を提出してくるのは,本気で立証しようとしているのである。曖昧な主張をしてなかなか証拠を提出しようとしないのは,証拠を集めているのである。その時期でもないのに第三者が介入してくるのは,保全を仕掛けようとしているのである。強気な文面で請求してくるのは,短期間で示談をまとめようとしているのである。事情を詳しく説明して請求してくるのは,訴えを提起する覚悟ができているのである。事情を細かく質問してくるのは,証拠を集めようとしているのである。何度も事実を確認していて,それらの事実が相互に関連しないのは,訴訟準備の最終段階に来ているのである。

 弁護士の言葉つきがへりくだっていて敵対しようとしていないのは,証拠集めのためで,裁判の準備をしているのである。弁護士の言葉つきが強行で譲歩しようとしないのは,示談で解決したいのである。手持ちの証拠を開示して請求をしてくるのは,当方を説得しようとしているのである。 行き詰った状況でもないのに譲歩してくるのは,陰謀があるのである。弁護士が忙しく立ち回って関係者と調整しているのは,話合いをまとめようとしているのである。弁護士が事情を把握できていない様子なのは,当方の主張を確認しようとしているのである。

 支払期日を先延ばしにするのは債務整理の準備である。分割払いを求める者は資金繰りに窮しているのである。利益を示しても取ろうとしないのは廃業の準備である。書面を送付して返事がないのは病んでいるのである。無差別に関係者に働きかけるのは焦っているのである。当事者が弁護士を通さず直接交渉してくるのは,弁護士を信頼していないのである。弁護士を変えるのは,主張方針を変えるのである。弁護士が依頼人を悪く言うのは,依頼人が弁護士に必要な資料を提出しないのである。相手方が一切の反論をせず,一切の証拠も開示せず,当方の請求にも応じないと回答するのは,判決をとって解決しようとしているのである。弁護士が何度も証拠を確認するのは,その主張事実に自信がないのである。しきりに主張をするのは,裁判官の心証をつかめてないのである。しきりに主張を修正するのは,事実関係の把握が不十分だったのである。はじめ強硬に主張しながら後に敗訴を恐れるというのは,考えのゆき届かない極みである。相手方からやってきて話合いを求めるのは,争訟を早期に終結させたいのである。相手方がいきり立って請求してきながら,しばらくしても法的措置に出ず,また請求を撤回しないのは,裁判の準備に時間がかかっているだけかもしれないので,かならず慎重に観察せよ。

 争訟は主張が多いほどよいというものではない。ただ猛進しないようにして,当方の主張のポイントをしぼり,相手方の反論を考えながらいくなら,十分に勝利を収めることができよう。そもそもよく考えることもしないで相手方を侮っている者は,きっと相手方に反論し尽されるだろう。事実関係の把握が不十分なうちに,依頼人に裁判の不利益を強調すると,依頼人は不安となり,不安になると依頼人が委縮して必要な資料を提供してくれなくなる。事実関係の把握が十分なのに,依頼人に裁判の不利益を強調しないでいると,依頼人が慢心して,訴訟上不利益に斟酌されそうな必要な情報を聞き出すことができなくなる。だから,依頼人とは,固い信頼関係を構築し,その上で訴訟上の不利益を説明するのであって,これが必勝の弁護士というものである。弁護士が法令を懇切丁寧に説明して,それで訴訟上の協力を求めれば,依頼人は応じてくれるが,そうでなければ応じない。弁護士が普段から誠実に法解釈をしていれば,依頼人と心が一つになれる。

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