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孫子

第8 九変篇

 裁判では,こちらで多くの証拠を集めなければならないような主張をするべきではない。証拠十分な相手の主張に反論するべきではない。不毛な論争に長く時間をかけるべきではない。偽りの和解の提案は相手にするべきではない。正当な怒りを備えた主張を批判するべきではない。周辺的な事実に反証するべきではない。相手方が訴えを取り下げようとしているときにとどめるべきではない。証拠を固めて主張するときは同時に和解の手も差し伸べ,必死になって和解を求めている者に対し判決を求めることをしてはならない。これが裁判でのやり方である。

 裁判には,提起してはいけないものがある。主張には,してはいけないものがある。証拠には,提出してはいけないものがある。相手方の主張が間違っていても,争ってはいけない争点がある。依頼人の指示といっても従ってはいけない指示もある。

 (第1項で挙げた)九変をよく理解している弁護士は優秀である。これを理解できないと,法律論に精通していても,法律論を有利に展開することはできない。裁判に出ても,九変のやり方を知らないのでは,たとえ(第2項で挙げた)5つの処置の利益が分かっていても,主張立証を十分にすることはできない。

 弁護士は,物事を検討するにあたり,かならず訴訟上の有利と不利を考える。訴訟上有利に見えることでも,一方で不利なことも考えているので,失敗しない。訴訟上不利なことでも,その有利な面も考えるので,心配ごともなくなる。

 第三者が相手方に介入しようとしているときは,その第三者に介入することの害悪を強調する。第三者に裁判への協力を求めるときは,相手方と戦うことが必要であることを説く。すでに相手方に協力している第三者を排除させるときは,争いごとにかかわらない利益を説明する。

 裁判のときは,相手方が主張しないことをあてにするのではなく,相手方が主張してきても反論できる準備をしておく。相手方が証拠を提出しないことをあてにするのではなく,その証拠に反証できる証拠を準備しておくものである。

 弁護士には5つの戒めがある。敗訴もやむなしとして判決を求めると,強制執行まで受けて依頼人の損害が甚大となる。敗訴判決を避けようとすると,不利な和解に応じることになる。相手方の主張に怒ると相手方から侮られる。正々堂々と戦おうとすると相手方に乗じられる。依頼人の気持ちに寄り添いすぎると気苦労が絶えない。これらは弁護士の過ちであって,裁判で戦うときの弊害となる。裁判で負けるのは,必ずこの5つの戒めに反しているのである。

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